大切な私の家族へ(被災地大船渡より)

 大切な私の家族へ

毎日バタバタと忙しく(本当にこの字の意味が良く分かります。ともすると心を失ってしまいそうになります。)

あの悪夢としか言いようのない3月11日から3週間が過ぎました。

記憶が途切れそうになる前に思い出しながら、少しずつその日その時に感じた事を載せてみようと今ようやく思っていました。

特にメモがある訳ではないので、「あっぺとっぺ」(ケセン語であっちに行ったりこっちに行ったり)な事があることをお許しください。

今日(4月3日(日))は、大船渡小学校と綾里小学校に行って来ました。この2校は被災されたけれども、間もなく学校を再開する為に必要な消毒についての訪問です。

岩手県学校薬剤師会会長  宮手義和先生、副会長 畑澤昌美先生、幹事 高橋菜穂子先生と厚労省から野坂主査、そして市の学校教育課 伊藤課長補佐他の皆さんと現状を確認してきました。

全壊した学校に比べれば確かに良いのですが、各校とも泥にまみれた教室をここまで回復させた先生方の汗と涙の結晶を見て、何の言葉も出ませんでした。

学校薬剤師としての責務を改めて痛感した一日でした。カメラを持って行かず、現状をお見せ出来ないのが残念です。

その後、お客様の安否確認のため、綾里?甫嶺(ほれい)?小石浜(恋し浜ホタテで有名な)?越喜来?崎浜地区に足を伸ばしました。

三陸町も未だ停電状態ですのでとても厳しい環境での生活です。何とか主要道路は瓦礫がよけられてはいるものの手付かずの状態です。ここも、あそこも・・・と見慣れた家屋が見るも無残な現実です。沢山の方の安否が気になるばかりです。

そんな中でも小石浜集落(恋し浜)は、地区の公民館を拠点として小さな子からご年配の方まで約80名の方達が過ごされておりました。この地区では、一名の犠牲者も出なかったそうです。

各々が役割分担をして、まとまりのある共同生活をし、さらにはあの「恋し浜ホタテ」を絶対復活させる!と明るい声を聞いて来ました。

三陸町綾里漁協の「恋し浜」のメンバーにエールを送ると共に早くも復興の息吹を感じ、薄暗くなりかけてきた三陸道を車を走らせて帰路に着きました。

今日も感謝。